記憶と香りが絡み合い・交差する、美しい一冊の本。
「香りの扉、草の椅子―ハーブショップの四季と暮らし」天然生活ブックス 著:萩尾 エリ子
著者の女性は、私が生まれ育った場所にほど近い、長野県の蓼科というところに住んでいます。
蓼科の白い冬は、水も空気も凍ります。
とても厳しい冬が訪れる地です。
彼女はここでハーバルノートという薬草のお店(ハーブショップ)を営んでいます。
この本は、香り草(ハーブ)と暮らしの話を中心に構成されています。
花の匂い、草の匂い、土、空気、そして死の扉。
死を見つめ、生を見つめ、痛みや悲しみを癒す香りとともに生きてきた著者と薬草店の四季の物語。
彼女の語る季節と香りの話は、緑の香りを色濃く漂わせながら、私の記憶を強く揺さぶりました。
野の草の話、諏訪日赤の話、中央病院の話、今は話す人も少なくなった今井先生の話。
そして
美しく冷たく凍り付く蓼科の白い冬の話。
通常、ガーデナーやハーバリストが書く、花や植物についての散文は「浮きたつような春」から始まることが多いですが、彼女の本は冬から静かに始まります。
彼女が美しいと言った、真っ白な八ヶ岳を夕日がばら色に染める景色は、私の生まれ育った冬の景色。
本と私。
記憶と景色が心で重なり、絡み合い、ページをめくるたびに私の記憶の糸がほどけていくようです。
私はそのほどけた糸を手繰り寄せながらまた、ページをめくるのです。
緑の指を持つハーバリストは、生まれたときから緑の指を持っているわけではありません。
たぶん、野草に触れる時間を通して その指を緑色に少しずつ染めていくのではないかと思います。
彼女もそうやって手を緑色に染めてきたのでしょう。
彼女の手は厳しい冬をすごし、夏は強い日差しを浴びながら今も香りとともに。
指を緑にそめながらハーブを育てている全ての方に、この本をお薦めします。
読み進めるたびに心は深く澄みわたり、静かな安らぎを得られます。
もう、お洒落で華やかなだけの虚飾のガーデン誌はいらない。