乳白色のガラス鍋は、私の母が嫁入りするときに祖母が買い求めたもの。
当時は道路端で品を広げる商売人も多かった時代のようで
流行の最先端をいくハイセンスな白いガラス鍋は、露店の中でもかなり目立っていたらしい。
買い物帰りだった祖母は、このキレイなガラス鍋を見かけて、嫁入りを控えた娘(私の母)が脳裏に浮かんだみたい。
都会から汽車に乗って、知る人もいない田舎へと嫁いでいく娘に持たせてあげたい。
そう考えた祖母は、担いでいた風呂敷から大きなバナナの大房を店主の前に置いて、「アンタ、これと鍋、交換して」と言ったようだ。
露店の主は文句を言ったらしいが
「嫁に行く娘に持たせるんだよ、いいね、これと交換だよ」と、有無を言わさず鍋を持って帰ってきた、
という逸話を母から聞いたことがある。
まだまだバナナが高価だった時代のお話。
控えめな青い花が、唯一の装飾らしい装飾。
鍋の裏の印字は見えづらいけれど、オーブンと電子レンジOKの仕様。
日本では当時電子レンジが普及してなかったから、海外(アメリカ)輸出用の鍋だったのだと思う。
言葉も違う、風習も違う、食べ物も違う。
都会とは10年くらい時代の遅れた田舎で、料理の下手な母が、このガラス鍋で湯豆腐をしていたのを覚えてる。
というか、今思えば湯豆腐のときしかこの鍋を出してこなかった。
たぶん、料理が焦げ付いたり、鍋が割れたりするのが怖かったんだと思う。
だから、鍋は今でもキレイなまま。
ガラスのフタには気泡が入っているけど、これは昭和の空気を閉じ込めた「タイムカプセル」ということにしておきましょうか。
母は、姉ではなく私が嫁入りするときにこの鍋を持たせたので、親子2代の嫁入りのお供をしたことになる。
私は冬になると、この鍋で焼きリンゴを作る。
たくさんのリンゴを剥いて鍋にギュウギュウ詰め込んで、砂糖をサラサラとかけたらフタを閉めて180度のオーブンに入れて20分。
そのままオーブンの中に放っておいてオーブンが冷めるころには余熱でリンゴが柔らかくなる。
あとは、甘くとろけるリンゴを子どもたちと一緒に頬張るだけ。
目を細めて「ふっふっふ」と笑いながら、天国で祖母が見ているような気がする。
ガラス鍋で作る焼きリンゴは、冬の味。
グツグツと煮込まないから煮崩れしないし、香りも良い。
そして、私が毎日酷使するのはこの鍋。